オーケストラル・オペラ VII 「トリスタンとイゾルデ」
(公演プログラムより)

飯守 泰次郎
 東京シティ・フィルと私による“オーケストラル・オペラ”の公演は、ここに7回目を迎えます。2000年の『ニーベルングの指環』に始まり、『ローエングリン』『パルジファル』と積み重ねて演奏してまいりました。その間、私たちは、聴衆の皆様や評論家、そしてワーグナー研究の専門家の方々の力強い応援に支えられ、私たち自身が信じられないほど成長することができました。そして2年をおいて、本日いよいよ『トリスタンとイゾルデ』をとりあげます。

 『トリスタンとイゾルデ』の内容は、哲学的にも心理的にも非常に深いものです。おそらくワーグナーの作品の中で最も演奏するのが難しい楽劇である、と私は考えております。というのも、この作品の本質は、“愛”という人間にとって一番深いところにあるのです。

 “愛”を突き詰めていくと、やがてそれは死への欲求へと変わっていきます。ワーグナーが生涯をかけて追求していたテーマは“救済”であり、中でも男女の愛による救済はどの作品にも共通していますが、これを『トリスタンとイゾルデ』ほど深く掘り下げた作品はありません。この作品が、音楽の世界だけでなく文学にも大きな衝撃を与えたのは承知のとおりです。男女の愛に関するこれほど美しい作品が他にあるでしょうか。

 『トリスタンとイゾルデ』は、西洋音楽の歴史の転換点をなす重要な作品とされ、有名ないわゆる「トリスタン和音」はワーグナー以降、調性の崩壊を導いたといわれております。しかし、むしろワーグナーは調性を最大限に拡大し使い尽くしたのであり、彼は“愛”の真理、人間の内面を極限まで表現するのに最もふさわしい音楽語法を見つけ出したのだ、と私は考えています。

トリスタンとイゾルデ  巨大なスケールをもち重々しいワーグナーの楽劇を、私たち日本人が演奏できるのか、ということは、これまでも考えてきたことです。いま振り返るならばこれはやはり可能であり、しかも芸術的にも聴衆の皆様に十分納得いただける演奏ができることを、多くの励ましや精神的な支えをいただく中で実感してまいりました。しかしそれは、技術的にも精神的にもまた時間的にも大変な努力を注いでこそであり、私はこのたびさらに一層の覚悟をもって取り組んでまいりました。

 また歴史的にみると、ワーグナーの楽劇は必ずしも大劇場でのみ上演されてきたわけではありません。『ローエングリン』が初演されたワイマールの歌劇場も千人に満たない規模でした。今回、我々の“オーケストラル・オペラ”は、江東区のご理解とご協力を得て、ティアラこうとうの素晴らしい響きのなかで行うことになりました。このホールでリハーサルを重ね、本番に向けての音づくりが可能になり、しかも1度ならず2度の本番をお聴きいただけることを大変幸せに思います。

 東京シティ・フィルがこの“オーケストラル・オペラ”に集中し、全力を注ぐその意気込み、投入するエネルギーがなければ、今まで積み上げてきたこの発展はありえなかったと思います。素晴らしいコンサートが実現し、みなさまのご期待に応えることができることを確信しております。                   

飯守泰次郎